ぼくのかんがえた最強のオンライン直接民主主義

昨日の東氏の朝生における主張を読み、大学受験のときの妄想を字に起こそうと思った。
かなり乱暴な意見なので、人によってはただ不快感を催すだけかもしれない。それでも言いたい。言わせてください、僕の政治観とネットの未来を。
政治学なんて全く知らない若憎の意見だけど、まあ知らないなりの自由な発想とかあるんじゃないかな!


「ネットがあれば政治家いらない」 東浩紀「SNS直接民主制」提案 : J-CASTニュース

「(18世紀の社会思想家で、直接民主制を主張した)ルソーのころのジュネーブの人口は2万400人だったが、これぐらいだと直接民主制ができる。しかも僕たちには今、SNSツイッターTwitter)というのがあって、たとえば勝間(和代)さんやホリエモン堀江貴文さん)は、ツイッターでフォロワーが15万人もいる。1人のサービスを15万人がフォローしていて、しかも勝間さんや堀江さんはそれに(レスポンスを)返している。そういうことができるインターネットというテクノロジーは、10万人とか5万人という規模だったら、直接民主制を可能にするんですよ」

僕が最初にもった感想は、「東さんスケールがちっちゃいよ!工夫によっちゃ10万人以上だって全然可能なんじゃない?」ということ。
現在の政治システムは前時代的な制約によって運営されているんじゃないか、と昔から考えていた。すくなくとも改善されるべきは大量に残っているだろう。じゃあ、ウェブのインフラ化を極限までに押し進めると、どういう世界があるだろう?それについて考えてみる。


追記:あくまで架空の理想的なインフラなので、セキュリティとか度外視して話を進める

ワールドワイブウェブが個人の能力を拡大した

電信が可能にしたのは距離と時間の概念の払拭であり、ワールドワイドウェブが可能にしたそれは個人の可能性の拡大である。
誰しもが能力があれば、その規模に見合ったアクションを取ることが可能であるし、またそうあるべきだ。それは政治的な場でも同様であると僕は考える。*1

既存の選挙システムは、「コミュニティから代表者を選ぶ」昔ながらの代議士制度だが取られているが、これは旧来の物理的な限界によって課された限界だ。政治中枢の情報処理能力を、一極集中するしか、膨大な情報・リソース(国富)を最適に分配することが出来なかった。
だが今はどうだ?現在では、そのスケーラビリティと意思決定の為の情報収集はウェブにおいては問題とはならない。

現在だと選挙期間以外何をしているかわからない国会議員という特権階級によって政治が運営されている。彼等の主張は党是でテンプレ化されていて、彼等個人に重きを置く必要を感じない*2。だから彼等の権利を国民に等分配してしまえばいいんだ!というかなり乱暴な考えによって次の主張が生まれた。


ぼくのかんがえた最強の直接民主主義

まず、どういうものか簡単に述べておきたい。といっても複雑なルールがあるわけじゃない。
簡単に言えば以下の二点に集約される。

  1. 全ての有権者は自分が属する国籍、地方によって個別の法案への投票権を持つ(ポスト)
  2. 有権者は事案ごとに信頼する第三者へ票を委託することが出来る(ルーティング)


この二つは今適当に名前を付けた。このシステムでは、専門家は存在しても、職業政治家は存在しない(と思う。いや、どうかな)。
このシステムの肝は、より広く信頼される人がハブとして振る舞う*3。それは友人でもいいし、本で知ってる誰かでもいい。その信頼する人が信頼する人の・・・とルーティングを辿り、最終的にポストを設定した人間がその決定権を持つことになる。そして分野ごとに細かく票のルーティングを設定できるし、いつでも変更できる。軍事だったらI氏、福祉だったらM氏、なんてね。政治的関心の程度によってルーティングは細かくなるだろう。まったく政治的にインポテンツな野郎でも「友人のアイツなら信用できる」といった、より簡易な政治参加も可能だ。
ルーティングは個人の信条の自由において公開するかはどうかは自由だ。が、公開している人の方が、より多くの人に信頼されやすいだろう。そしてその信頼に基づいて、或いは信頼を醸成する為に、ウェブ上のブロゴスフィアなんかによって完全に公開で討論されるのが望ましい。そう、東氏の言うように、その全ての過程は透明化されるべきだ*4

簡単に思いつく問題点とそのアドホックな対応

もちろん、これはシステム的な問題を抱えていないわけじゃない。本当に自分が信頼する人の公開ルーティングがその通りかわからないし、ルーティングがループして死票になっているかもしれない。A→B , B→C C→Aだと票が届かず死んでしまう。
「決戦日に死票化しているとき当事者に告知してルーティングの変更を促す」とか、「膨大な票が動くとき、ハブはルーティングに関する嘘をつけない」とか、そんなルールで対応できるかもしれないが、曖昧にノブレスオブリージュを適応していいか、ちょっと考えないといけない。ここらへん煮詰めてないので適当。

解き放たれるのは「神の見えざる手」か「リヴァイアサン」か

そして、そこで何が起こるか。おそらく、民意の反映は最速になる。(そのように設計したのだから)。が、そこで何が起こるだろう?
エリート主義を信望する人には受け入れら無い衆愚化を引き起こすかもしれない。そこで民主主義と集合知の真価が試されるだろう。

そこで何が起こるか、社会学者でもない僕ははっきりとしたビジョンを持つことができない。でもこういう国があったら興味を持つでしょう?



という妄想。あなたはこの意見に対してどう考えるだろうか。たぶん、この程度は自分が聞いたこと無いだけでいろんな人が言ってたんじゃないか、とも思える。
あくまで、俺こんなゲーム考えたんだ!ぐらいの妄想なので、マジ叩きは勘弁な!

*1:なお、現時点においてそのノウハウは片寄っていると言わざるを得ないが

*2:あくまで個人的な感覚である

*3:Googleページランクアルゴリズムに似た動きをするかもしれない

*4:というのも過激なので何らかの付帯条件をつけてもいいだろうな